2008年 第34回 美術の祭典・東京展 受賞作品



◆東京展賞 村岡千穐 松岩邦男


◆優秀賞 荒洋 荒井伸一 植村裕純 ササキユウコ 鈴木俊行
田崎徹 島田忠恵 村田幽玄 龍志 堺文子 儘田能光


◆奨励賞 有賀和郎 井上利哉 大野緑 関根恵一 多田吉民
藤澤恵子 日野弘子 間宮千広 土佐珠有紀 松本京子

会場風景





シンポジウム

  
 2008東京展主催シンポジウム  
第4回東京展シンポジウムを振り返って
本年のシンポジウムは「世界の美術の潮流と日本の団体展の現在」と題し、9月23日午後2時より東京都美術館講堂において、パネラーに美術評論家:赤津侃氏、本江邦夫氏、前朝日新聞編集委員田中三蔵氏を招き、司会:齋藤鐵心、総合司会:織田泰児で行われた。

始めに赤津氏から世界の美術の流れを日本で見て取れる展覧会の紹介があった。横浜トリエンナーレ、国立新美術館(アバンギャルド・チャイナ)、六本木森美術館の企画展等。平面の作品が少なく、インスタレーション、写真等による表現が主流になっており、日常の視点から絵画、平面を超えた表現になっている。本江氏からは現在のビエンナーレ、トリエンナーレはイベント化してきており、余り見るべきものは無くなってきている。大事な事は一作家として、絵画や表現とは何かをより深く考えていく事が大切である。平面の作品に於いては抽象より、具象傾向の作品によりシフトしているとの発言があった。(時代は具象の時代なのだろうか?もう少し深く追求すべき問題点ではあった)。作家は時代の流れを読んで自分の作品を創る訳ではないが、時代の真っ只中で創作活動をする訳だから、影響を受けるのは必至だ。又、流れに逆らって仕事をすればスポイルされ苦しい状況に立たされるのも致し方なかろう。しかしそれでも自分の信念の下に創作に没頭していくのがプロなのだろう。
今回のシンポジウムでの、もう一つのテーマは朝日新聞も含め、各紙の美術、芸術欄から日本の各団体展の展評が消えてしまった事だ。何故なのかを当時朝日が団体展を取り上げないと決定を下した田中氏に聞いた。当時の(今でも尾を引いていているが)団体展は三角形の構図の中にあり、取り上げる作家が限られている。若い作家を取り上げようにも幹部クラスが力を持っており中々取り上げられない。団体展のマンネリもあった。これは団体展自体の責任でもある。美術界との馴れ合いもあった。この事が新聞各紙が団体展を取り上げなくなった一つの大きな要因である。しかし本江氏からは朝日という800万部もの読者がいる新聞で、美術団体を取り上げないのは、大衆紙としての義務を果たしていない。おかしいのではないか?社会的なものも含め論評すべき。との指摘があった。現在の作家志向の若者は団体展を眼中にはおいていない。個展を中心として、コンクール、各美術館の企画に乗ろうとの傾向が強い。昔のような団体展の隆盛はない。又田中氏は、新聞各紙も現在の状況において、以前より多くの若い世代の作家が紙面に出る様になったとの発言もあった。このテーマではかなり白熱した議論になっていた。
最後のテーマとして、ではこれからの団体展は如何すればよいのか?という事だが、各団体色々優秀な若者を取り込もうと苦心している。しかしもっとも大切な事は、国際化を計る事も必要だが地域性を踏まえ、確固たる理念を持って活動していくこと。本江氏からは結社になる事だとの示唆があった。結社になる事は一つの理念を掲げ、理想を持ち揺るぎ無い信念の下に創作活動をする事だ。これは並大抵ではない。だが34年前東京展には政治的要因があったとしても結社となる理念があった。この理念は現在でも引き継がれている。第一回展には10万に迫る入場者を待った。時代がそうであったとしても、このエポックを東京展は忘れてはならない。あれから東京展は34年という時の流れを経た。そして今現在、外からああしたら、こうしたらではなく中でやっている者が道を切り開いていくべきとの事だ。結社となりうるかどうかが問題なのだ。確かに的を得ている。団体展におけるシンポジウムの見直しも東京展が先鞭を付けた。今は何処の団体もシンポ、シンポとやっている。これからの東京展はシンポや、企画展だけでなく、政治性は抜きにしても、より確固たる東京展としての理念の下に活動していく事は大切だ。道は険しいがその理念の下に優秀な作家も集まるだろう。そして単なる寄り合い所帯ではない東京展を目指すべきだろう。
最後に今回のシンポジウムは今までのシンポの中で一番白熱した議論があり、得るものも多かったと思う。今回の示唆に富んだ意見、指摘を実らせるのはわれわれ東京展の中に居る者たちであることもはっきりした。車座ではなく更なる東京展の発展を願って筆を擱く。


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